『桜が咲くにはまだ早い三月』
第五章  『戸惑い』  三節



「健は相変わらずらしいよ。

サクラは何も言わなかったけど、あきれて見てたんでしょ?

あの時の私のこと。」


私はサクラに聞いた。


「バカみたいだった?」


サクラはちょっと懐かしそうに微笑んで


「ううん。 そんな事ないよ。

羨ましかった。

由香、健のこと大好きオーラすごくてさ、可愛かったよ。

人を素直に好きになるのは、簡単そうでけっこう難しいからね。」



そうだね。

何の計算もなしに、ただただ愛して行くのって

いったい何をして、どうして進んで行ったらいいんだろう。


「別れてから一度だけね、健から電話があったの。」


「へぇ~ なんて?」


「それがさ、何事もなかったように “飲み会においで” って。

考えられる?」


「それで由香、行ったの?」


「行くわけないじゃん。

何か言ってやりたかったけど、それすら面倒だったから

“お誘いありがとう”って、思い切り電話切ってやった。

携帯壊れるかと思ったわよ。」


サクラはケタケタと笑って


「健ねぇ。

いつかひとりぼっちにならなきゃいいけど。」


そう言って窓の景色に目をやった。



学生時代に比べればサクラとお茶する機会も少なくなり、

それなのにそれぞれの近況を知らせ合うはずの待ち合わせが

思いもよらずギクシャクしてしまった事を

私は少し後悔していた。


私は憧れだったアパレル会社で働き、

いつか独立をして私のブランドを立ち上げると云う夢を持っている。


サクラは実家の仕事を継ぐために建築士の資格を取りながら、

イカツイ男性の中で身体を張って頑張っている。


「仕事どう?」


私は姿勢を伸ばしてサクラに聞いた。

何か言わないでいると浩太の話題になりそうで怖かった。


「うん。

もうすぐ試験なのよ。

それがけっこう難しくてさ、

うちのオヤジさんが何気にやってた仕事が

こんなに大変だったんだって改めて尊敬しちゃってるとこよ。」



私達は何度も未来を語り夢を馳せ、同じ時を過ごして来た。

誰のためでもなく、自分の知らない自分に出会うまで

それはずっと続いて行くんだと二人で何度も語り合った。


そんなサクラだから、やっぱりこのままじゃいけないよね。



「サクラ、さっきの浩太のメールに返信しないつもりでいたけど、

やっぱり返信する。」


「うん。」



サクラは笑わなかった。


どうしてサクラなのよ…



「ねぇサクラ、その飲み会で浩太と何かあったの?」


「ううん、何もないよ。

本当に冗談だって。

由香、なに気にしてるのよ。」


私はその場で浩太に返信メールを送った。


「写真ありがとう。

今、サクラとお茶しています。」 と。



2、3分過ぎて届いた浩太からのメールには


「どこにいるの?

これから行っても良い?」


え…

うそ…


携帯を開いたままサクラに見せると、

サクラの頬が赤みを帯びた色に変わって行くのが

私の目にはっきりと分かった。



どうして

どうして、サクラなのよ…


人を好きになるのは簡単そうで難しいと言ったサクラの言葉は、

誰に向けて言っているの?





< 19 / 42 >

この作品をシェア

pagetop