『桜が咲くにはまだ早い三月』
第六章  『心』  三節



知らないでいた方が幸せな事もあるからと

誰かが慰めてくれたとしても、

そうだねとうなずいて微笑んでいるような女に

今の私はなれそうにはない。


どうして気づかなかったのだろう。


サクラと史彦が同じ大学なら、

サクラと浩太が知り合いだって、何の不思議もないじゃないの。


大学の頃、健のことばかり追いかけていた私は、

サクラがどんな恋をしていたのかなんて、

思い返せばただの一度も聞いた事はなかった。


私が得意だったはずの人を見る目なんて、

何ひとつ、爪の先ほども持ち合わせてはいなかった事を、

みんなは馬鹿な女だと笑っていたのかな。


私は恐る恐る浩太に聞いた。


「ねぇ、サクラと付き合ってたの?」


ちょっと間が空いて


「いや…付き合ってないよ。

ただ…大学の時、サクラに告られた。」


「えっ・・・サクラから?」


いつもクールなサクラと違う、私が知らないサクラがいた。


サクラはその時からずっと、今でも浩太に恋してるっていうの?


私に好きになっても良い? って聞いたのは、

浩太の事がまだ忘れられないって伝えたかったの?



「この間の飲み会に由香ちゃんを誘うつもりでいたんだけどさ、

史彦がサクラを呼んだって言うから電話しなかったんだ。

史彦も後で気づいたらしくて、

俺が由香ちゃんの事好きなのサクラが知ったら気まずいだろうって。

二人は仲が良いからって。」



なに?

今どさくさまぎれに何て言ったの?

私の事を好きって言った?

言ったよね。

そんなセリフ言う時は、

もう少し雰囲気とか状況とか考えるものなんじゃないの?

シチュエーションってやつ。



「聞こえた?

由香ちゃん、今何て言ったか聞こえた?」


私が

「ん? どうかな。

携帯の調子が悪い。」と答えたのを

浩太は

「俺とおんなじ着信音だからだよ。」

と言って笑っていた。



根拠など何もないけど、

健の時みたいに、浩太もまた私を夢中にさせてしまいそうな予感がしたのは、

サクラが惹かれた男だと知ってしまったからかもしれない。




サクラが浩太に恋したことと、

私と浩太のこれからの恋は、

けっして交わることはないんだ。


それぞれの、別々の、辛い恋の始まりだった。




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