『桜が咲くにはまだ早い三月』
第八章  『約束』  三節



こんな日に限って渋滞に巻き込まれるなんて、

やっぱり今日は休みを取って引っ越しの手伝いをするべきだったと

今になって後悔したけど、

そんな事を考えているヒマもないほど時間は刻々と私を追い立て、

私の焦る気持ちをどんどん大きくしていった。


いつも利用している慣れた駐車場まではまだ遠く、

私はとっさに目についた初めての駐車場へ車を停め、

駅まで走る決心をした。


急げば15分くらいで着くかもしれない。


だけど今はもうすでに1時を過ぎようとしている。


新幹線の発車時刻

13時17分


ねぇ浩太、どうしたらいいの。


慌てて車を停めてもう一度浩太に電話をかけたけど、

やっぱり出る気配はない。


今朝、遅れずにと言っていた浩太なのに、

いったいどうしたと云うのだろう。

浩太も渋滞に巻き込まれてしまったのなら、

電話には出られるはずなのに。


私は夢中で駅までの道を走り出した。


高いヒールが少し邪魔をして思うように走れず、

お気に入りのコートも足にまとわりついて何度も立ち止まり、

日頃の運動不足は心臓が悲鳴をあげてしまうほどだった。


必死だった。

必死に駅に向かって走り続けた。


浩太と約束した未来が、絶対に遅れちゃいけないと、

私を走らせているようだった。



約束したから。

必ず行くって約束したから。

浩太、待ってて。



そして、やっと駅の改札口が見えて来たのに


「あっ…

発車のベル…」


ホームで待っているなら、浩太 行かないで。



発車のベルが鳴り終えた時、私はやっとホームに着いた。


そしてすぐ新幹線はゆっくりと動き始め、

私の目の前から走り去った。


何度もまわりを見まわしたけれど

浩太はホームに居なかった。



何だろう。

この胸騒ぎは。


前の夜

「おやすみ」と言わず帰ってしまった時に感じた、

あの胸騒ぎと同じような気持ちだった。


そして、あの新幹線にきっと浩太は乗っていないと、

私はそう確信した。



今朝の電話で、

「じゃあ、後で」

と言った浩太の声が、耳の奥から聞こえた気がして振り返ってみたけど、

やっぱり浩太の姿はどこにもなかった。




その時 握りしめていた携帯が鳴った。

「あっ、浩太」

そう思ったのに、携帯の画面に表示されたのは


“江波サクラ”


サクラの名前だった。




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