『桜が咲くにはまだ早い三月』
それから直ぐにスニーカーの擦れる音がだんだん大きくなって、180近くある背の高い浩太が頭ひとつ小さい私の隣にスッと並んだ。
「早いなぁ。
由香ちゃん待ってよ。」
「そう?ごめん」
そう言ったきり黙ってしまった私の顔を覗き込んで、浩太はひとりで嬉しそうに笑った。
妙子と三人で歩いた時には気付かなかった浩太の仕草は、歩幅の違う私に合わせて ゆっくり大股で歩くこと。
時々前に先回りして、私に話しかけながら後ろ向きで歩くこと。
そして、ちょっと良い香りがすること。
新品のシャツをおろした時のような、そんなやつ。
私も少し酔っていたから、お酒の臭いと間違えたかもしれないけど。
「今日は酔っぱらった勢いで、勇気出してみるかな。」
浩太がそう言って急に立ち止まるから、私はぶつからないように横へずれて、浩太の前に出ようとした。
だけどその拍子に浩太の足を踏んで、前のめりに転びそうになってしまった。
危ないと思った瞬間、スローモーションでも見るように、浩太の細く長い腕が私の身体を支え、そのまま浩太の胸元に引き寄せられた。
「あ…」
やっぱり良い香りがする。
心拍数はすでに限界を迎えている。
私は身体を離そうと手を伸ばし、それを浩太の肩に置いた。
だけど浩太はその手をつかみ、自分の首の後ろに回し、私はそのまま抱き締められた。
私の唇が浩太の唇でふさがれた。