『桜が咲くにはまだ早い三月』
へたくそ…
初めてじゃあるまいし、こんなキスはダメだよ。
強く押し付けられて苦しいだけのキス。
心拍数は下降を始めた。
ねぇ、こんな時は何か言った方がいいのかな?
唇を離して浩太はもう一度私を抱き締めた。
だけど…
あっ ベル…
浩太の携帯が鳴っている。
私は首に回した手を離しながら浩太に言った。
「電話 出ないの?」
浩太はちょっと困った顔をして
「ん…ちょっと…ごめん」
なんて言いながら、後ろを向いて携帯を取り出し、誰からなのかを確かめたようだった。
そして電話には出ず、そのまま切った。
「いいの?」
誰からだなんて聞きたくもなかったけど、携帯が鳴らなかったらもう一度キスしたかもしれないと、浩太の香りがそう思わせた。
浩太は私の手を取り、ギュッと握って歩き出した。
「電話してもいい?」
なんて、お決まりのセリフを言いながら。
「あ…」
また携帯がベルを鳴らしている。
「出たら?」
人通りのない路地裏に響き渡るベルの音。
おそらくは同じ相手からだろうと思わせる電話に出た浩太を置いて、私はひとりで歩き出した。
めんどくさいなぁ。
浩太
こんな気まぐれな女とは、関わらない方がいいよ。
通りへ出て振り返ったけど、浩太の姿はどこにもなかった。
追い掛けて来なかった。
可愛くない女だと、呆れられたかな。
でも本当は、あんなキスも、あんな香りも初めてだったから…
ドキドキしてたんだ。
「あっ…」
携帯が鳴っている。
”田辺浩太“ と表示されて。
さっきと同じベルの音が鳴っている。