キモチの欠片
「今日はありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」
ペコリとお辞儀してドアを開け地面に足を付けた時。
「柚音ちゃん、今度は二人きりで食事に行かない?」
突然の誘いに動きをピタリと止めた。
言葉は穏やかだったけど、眼鏡の奥の瞳が鋭くあたしを見つめる。
それに恐怖を覚える。
「あの……」
どうしよう、断りたいけど上手く言葉が出てこない。
仕事柄、受付をしていると会社の人からよく食事に誘われることがある。
何度か行ったことはあるけど、それは香苗先輩とか知り合いがいる時だけだ。
あたしは二人きりでは絶対に行かない。
ほとんどの人が軽い感じで誘ってくることが多く、その時はやんわり断ることが出来た。
だけど遠藤さんは……。
車内から陽気なリズムを刻むピアノ演奏が流れてきた。
心弾む音楽だけどこのシリアスな場面には不似合いだ。
それに気付いたのか遠藤さんはボリュームを下げた。
どう返事しようか考えていたら、あたしの携帯から着信音が鳴った。