あの夏よりも、遠いところへ
◇◇

俺はやると言ったことはやる男だ。

毎日、飽きもせずチャリンコを飛ばしてやって来る俺に、サヤは相変わらず笑ってくれた。彼女が用意してくれる冷えた麦茶は美味しくて、どれだけ太陽に焼かれてもすぐに生き返ることができる。


「日に日に黒なってくね」

「そら、毎日チャリ漕いでるもん。友達と公園でバスケとかサッカーとかもしてるし」

「ふふ、暑いのに元気やねえ」


彼女は色々なことを聞きたがった。友達のこと、家族のこと、学校のこと。

自分のことを知ってもらえることが嬉しくてどんどん話す俺にも、彼女はただにこにこ笑うだけだ。


「遊ぶのもええけど、ちゃーんと夏休みの宿題もやらなあかんで?」

「うっわ、サヤまでオカンみたいなこと言うねんな」

「あはは、ごめん。ほなもう言わへんとく」


サヤがオカンやったらええのに。あ、姉ちゃんでもいいな。

うちに妹はひとりいるけれど、妹なんて、生意気だしうるさいし、最悪だ。

こんなにきれいで優しい姉ちゃんがいてくれたらどんなに良かったことか。きっと俺の人生、もっと薔薇色だったに違いねえもん。


「あーあ。サヤが姉ちゃんやったらええのになあ」


思っていることが、知らないうちに声に出てしまっていた。

そんな俺に小さく笑って、ピアノを弾き始める彼女の横顔を見ていると、胸の奥のほうがちくちくした。

……あ、この曲、聴いたことある。
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