あの夏よりも、遠いところへ
彼女の傍らに歩み寄り、そっと髪に触れる。びくっと肩を跳ねさせた彼女の瞳が、ゆっくりとわたしを捕らえた。
「……朝日ちゃん」
「ご飯食べない?」
「うん……要らない」
彼女の腕が伸びてきたので、そっと抱きしめてあげた。やっぱり知らない香りがする。嫌だな。
「誰と泊まってきたの? 男?」
「……うん」
「陽斗、じゃ、ないよね」
雪ちゃんはなにも答えてくれない。それが答えなんだろう。雪ちゃんは、陽斗じゃない誰かと、一晩一緒にいたんだ。何をしていたかなんて野暮なことは、もう訊かないけどさ。
「……陽斗のこと、まだ好きなんでしょ?」
「でも陽斗くんは、私のこと、もう好きじゃないから」
雪ちゃんのこういうところがむかつく。自分じゃない誰かの気持ちを優先してしまうところ。
本当の気持ちを隠すことが出来るのは、時に役立つかもしれないけれど、多くは苦しくなるだけなのに。
「雪ちゃんは臆病なだけだよ」
本当に陽斗のことが好きなんだろうな。心底好きじゃなきゃ、きっと、こんなふうには思えない。
好きだから身を引こうと思うし、好きだから臆病になる。
悔しいな。わたしはもう、陽斗に対して、そんな気持ちにはなれないや。