あの夏よりも、遠いところへ

でも、そこまでしても、雪ちゃんはなにも言わないんだ。ずるいよ。


「……言ってよ」

「朝日ちゃん……」

「陽斗のことが好きだって、言ってよ。陽斗に謝ってよ。わたしにも、謝ってよ!」


なにがこんなに腹立たしいのか、正直、分からない。大好きで自慢の姉が尻軽だったから? ずっと好きだった男を、雪ちゃんはこんなにも簡単に裏切ったから?

分からない。分からないけど、腹が立つ。

それでもお父さんとお母さんの態度も気に入らないんだから、もう、わけが分からないよ。


「……ごめん。ちょっと、頭冷やしてくる」


どうしてわたしは怒ることしかできないんだろう。

リビングでは、お父さんとお母さんが相変わらず不機嫌そうに顔を歪ませていて、苛々が募った。


「ねえ、そういうの、やめなよ」


思わず口をついて出ていた。なにも言わずにはいられなかった。


「雪ちゃんだって人間だよ。一度朝帰りしたくらいで、そんなに怒らなくていいじゃん。もう大学生なんだしさ」

「朝日?」

「お父さんとお母さんがそんなだから、雪ちゃんはなにも言わないんだ」


言えないよ。良い子でいなくちゃいけない家庭で、言い訳すら聞いてもらえない環境で、なにか言えるわけがないじゃん。
< 164 / 211 >

この作品をシェア

pagetop