あの夏よりも、遠いところへ
「小雪と朝日は違うんだ」
お父さんが静かに言った。
「お前なんかに分かるわけないだろう。分かったふうな口をきくんじゃない」
小雪と朝日を比べたら、どこからどう見ても雪ちゃんが優れていて、誰もが雪ちゃんをかわいがりたくなると思う。そんなのわたしにだって分かる。
ずっとそんな雪ちゃんを羨ましいと思っていた。周りにかわいがられていることだけじゃない。彼女の優しい人柄にも、憧れていた。
でも、その反面、わたしだったら窮屈に感じるんだろうなとも思っていたよ。雪ちゃんはあんなふうだから、なにも思わないのだろうと思っていたけど。
「……分かってないのはどっちだよ」
雪ちゃんは優しいから、なにも言わなかったんだ。たぶん、言えなかったんだ。
「わたしの人生最大の失敗は、この家に生まれてきたことだっての!」
財布とスマホだけを持ち、その足で家を出た。お母さんがなにか言っていたけれど、無視して振り切った。
ああ、なんだか、清見のショパンが聴きたいな。苛々ともやもやを吹き飛ばしてくれる、あの切ない音色を。
そういえば、わたし、清見の連絡先とか、なんにも知らないんだ。あした学校で訊いてみようか。いまさら、おかしいかな。