あの夏よりも、遠いところへ
 ◇◇

おはようって、言わなかった。べつに、毎日言っているわけじゃないけどさ。清見はわたしを見ようともしないし、わたしも清見を見ない。

気まずいって、こういうことだ。


「北野さん」


片瀬のやわらかい声に、机に突っ伏していた頭をのそりと持ち上げた。


「次、生物室やで」

「あ、そうだった」


教室を見渡すと、もうほとんど人がいなくなっている。慌てて教科書とノートを抱いて、片瀬と一緒に教室を出た。

片瀬とはなんとなくいつも一緒にいる。懐かれたと言ってしまえばそうなんだろうけど、なんだかもう、これがあたりまえって感じ。移動教室もお弁当も、ふたりだ。


「きょう、体調悪いん?」

「どうして?」

「ずっと寝てるやんか」


寝た振りをしているだけだよ。わたしのほうが席が後ろだから、どうしても、清見の後ろ姿を見てしまうのが嫌で。

なにか文字を書く前には、決まって一度ペンを回す癖を、わたしは知っている。きれいな指がペンを弄ぶのを、ここ数か月、ずっと見ていた。


嫌なんだ。あの指が雪ちゃんに触れたところを、反射的に想像してしまうから。

清見の指先はどんな温度なんだろうなんて、気味の悪いことを考えてしまう。
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