あの夏よりも、遠いところへ

ふと、背中をなにかに押された。プールサイドを歩いていた先生の脚だ。

さすが、普段から鍛えている体育教師なだけはある。軽く当たっただけなのに、踏ん張っていなかったわたしは、そのままプールに顔面から落ちた。


「おい、北野っ」


意識を手放すほんの少し前、清見の声が聴こえた。気のせいだったかもしれないけど。



――嫌だ。水はこわい。

幼いころ、家族4人で海水浴に出掛けたことがある。お父さんがお休みを取れたからって、お盆前に行った。

はじめて見る海は本当に美しかった。青く輝く、魔法のカーペットみたいだと思った。それなのに、入ってみると水は透明なんだ。不思議。


雪ちゃんとわたしはふたりきりで、浮き輪を持って沖に出た。海はどこまで続いているんだろうね、なんて話しながら。

大きな波が来たのは、たぶんそんな話をしていたとき。浮き輪がひっくり返って、ふたりとも、恐ろしく大きな世界に放り出された。

しょっぱいし、苦しいし。子どもながらに、はじめて死ぬということを意識したくらい。助けてっていう、声にならない声を、泣きながら絞り出したよ。


分かる? それなのに、雪ちゃんだけを抱きかかえる自分の両親を目の当たりにした、わたしの気持ちが。

お父さんやお母さんに、分かる? 雪ちゃんに、分かる?


悲しかった。こわかった。泣き叫んでも、ふたりは雪ちゃんをぎゅっと抱きしめるだけなんだ。

ねえ、苦しいよ。こわいよ。朝日を助けてよ――

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