あの夏よりも、遠いところへ
信じられる。清見はやっぱり、無垢な生き物だ。
「……わたし、雪ちゃんのこと好きだよ。きれいで優しい、自慢のお姉ちゃんだよ」
「うん」
「だから、仕方ないって思ってきたんだ。雪ちゃんのほうがかわいがられるのも、好きなひとに選ばれるのも」
本当だよ。妬ましい気持ちはゼロじゃないけど、わたしにも分け隔てなく優しい雪ちゃんは、この世界で、わたしの唯一の味方でもあった。
雪ちゃんの優しいピアノに、わたしが何度救われたと思っているの。
「でも、清見だけは嫌だった。清見だけはとられたくないって思った。だって清見は、わたしが見つけた、最高のピアニストなんだ」
そんなことをわたしが思うのはダメだって、ずっと思っていたけれど。仕方ないじゃん。
清見をひとりじめしたい。清見のピアノを、この腕を、バスケしている姿を、ひとりじめしたい。誰にも触らせたくない。
「なあ、俺、ショパン弾かへんから。北野がええて言うまで、絶対弾かん」
もう二度とショパンを弾くなと、そういえば、怒りに任せて言ってしまったんだった。
だったらまだ弾かせてあげない。馬鹿正直な清見が笑えるから。そしてとても、いとおしいから。
雪ちゃんと清見になにがあったのか、知りたい気持ちはあるけれど、訊かないことにした。訊いても苦しくなるだけだろうし。
いいんだ。なにがあったのかなんて。ふたりが寝た事実は変わらない。
それに、真っ直ぐわたしを見つめる清見の瞳に、嘘は1ミリも滲んでいないってこと、よく分かる。
いまはそれだけで、じゅうぶんだ。