鈍感ガールと偽王子




──まぎれもなく。


椎葉くん、だった。



「な、なんで…?」



あたしは、どうしてか頬を涙が滑り落ちるのを感じた。


こんなに、怒ったような、不機嫌そうな、怖い顔をしてるのに。



あたしは。



言葉では言い表せないくらいに。


泣きだすほどに。


彼の姿を見ただけで、大きな安心感に包まれていた。



「し、ばくん…」


「こんなとこで何してんだよ。帰るぞ」



ぐいっと強く腕を掴まれて、身体が椅子から浮いた。


掴まれた痛みを感じるよりも、ただただ、心が、震えて。


涙が、止まらなかった。



なんで?


なんで、ここにいるの?



皆が唖然として、椎葉くんに半ば引きずられながら店を後にするあたしを見つめていた。


『どうなってんの?』


そんな皆の心の声が聞こえるようだ。


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