スーツを着た悪魔【完結】

彼は慣れた様子でそれに足を入れ、深青とまゆに向かって歩を進める。


背はそれほど高くない。深青より10センチは低く見える。

けれどその佇まいはとても優雅で、砂利を踏んでも音がせず、まるでゆらゆらと飛んでいるみたいだ。

さらに、彼が一歩近づくたびに、ふんわりといい香りが漂い始める。

まるで満開の花畑の中に飛び込んだかのような、天上の馥郁たる香りだ。決して人の手による人工的な香りではない。


まだ若いまゆでさえ、天国ってこんな匂いがするんじゃないだろうかと錯覚するような、そんな極上の香りだった。



「当主」



深青はまゆからそっと手を離し、優雅に膝を折り頭を下げる。


その顔からは荒々しさは消えていた。

彼に対する深い尊敬を感じたまゆもまた、丁寧に頭を下げる。


当主……ということは、豪徳寺本家の当主様?



< 338 / 569 >

この作品をシェア

pagetop