スーツを着た悪魔【完結】
「あまりいい思い出がないの……だから……」
深青の目を見られないまゆは、自分のつま先に視線を落としたまま口ごもる。
なのに返ってきた返事は――
「――二時間後。めかしこんで来いよ?」
「え……? あ、うん」
そして深青は薄く微笑みを浮かべ、そのまま隣の部屋のドアのキーを開け、入っていく。
まゆはそんな彼を見送りながら、ほっと安堵したような、けれどどこか寂しいような、矛盾した気持ちになっていた。
部屋に入ると、まゆのボストンバッグが目に入る。
バスタブにお湯をためながら、荷物から丸めて押し込んでいたシフォンのドレスを取りだし、ハンガーにかける。
テキパキと体を動かしながらも、頭の中はさっきの深青の言葉でいっぱいだった。
めかしこんで来いよ、と笑った彼は、何も気にしていないようにも見えたし、その一方無関心にもとれた。