魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
本当は自分は病気で心臓でも悪いんじゃないだろうか――


ラスがシャワーを浴びている間、コハクはバスルームの外で猛獣のようにうろうろ行ったり来たりを繰り返していた。

水が少し違う音を奏でる度にドアに目が行き、ラスの少し調子外れな鼻歌が聞こえる度に耳を澄ましてドアに張り付いてしまう。

…これが恋なのかと自覚するとラスを片時でも離したくなくなり、今すぐバスルームに飛び込んでラスを攫ってベッドに押し倒してしまいそうな衝動を必死に戦った。


「あうぅ」


「ルゥ…パパはもうママにメロメロだー!」


「きゃっ、あきゃきゃっ」


ベビールームで短い手足を伸ばしていたルゥのお腹をくすぐると可愛い声を上げて笑い、その笑顔がなんだかラスの笑顔に似ていて、また赤面。

ルゥは明らかに自分似だが、笑顔はラスに似ていて、抱っこしてあやしていると、ラスがバスルームから出て来た。

淡いピンク色のネグリジェ姿で腰まで届く金色の髪を拭きながらにこっと笑ったラス…

またどくどくと心臓が高鳴り、その音をラスに聞かれまいと数歩距離を取って首を傾げられた。


「や、ほら、今俺おかしいからあんま近付かねえ方が…」


「でもコー…せっかくゆっくりできるのに離れてなきゃいけないなんてやだ。コー、私も抱っこして」


「へっ?でも…ほんと今の俺危なくて…」


どこか途方に暮れたような表情をしているコハクが可愛らしくてついラスが噴き出しながらソファに座ると、距離を取らないとケダモノになってしまう自覚がありながらも、コハクは怖ず怖ずとラスの隣に座ってベビーを膝に乗せた。


「パパと遊んでたの?よかったね、ルゥ」


「チビ…いい匂いがする。めっちゃいい匂い」


「こ、コー…」


花の蜜に吸い寄せられるようにラスの首筋に顔を寄せて匂いを嗅いだ。

舐めると蜜の味がするかもしれない、と無意識にぺろりと舐めると、ラスの身体が大きく揺らいではっとして顔を上げた。


「い、今のはセーフだろっ?明日まで我慢、我慢、我慢!」


「うん…なんか…気持ちよかった…」


ぽっと頬を染めて俯いたラスに萌えに萌えた色ぼけ魔王だったが、2年前までは耐えに耐えた生活をしていたことを思い浮かべ、それ以上の色ぼけ行為を封じてぐっと堪える。


「よし、もう寝るぞ!チビ、明日からはいやってほど抱っこしてやっから、今夜はあんま俺に触んなよ。触ったら不可抗力で襲うからな」


「うん、わかった。コー、頑張ってね」


ラスに励まされてやる気になったコハクは、ルゥを真ん中にして川の字になると、なるべくラスから離れるようにして羊を数えながら眠った。
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