魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
腹を庇ってうずくまっているラスを抱きしめたコハクは、沸々と湧き上がる喜びと同時に、こんなにも取り乱しているラスをはじめて見て怒りを煮えたぎらせていた。


ラスは天真爛漫で朗らかで――人の悪口をほとんどといっていいほど口にしたことがない。

そしてこんなにも怖がって恐怖を覚えているラスを見たことがない。


ラスにかけた老いの魔法を解いたのはいいとしても、ゼブルが今まさにしようとしていたことは、ラスへの蹂躙。

男が少しでもラスに触れただけで嫉妬で目の前が真っ赤になるのに、馬乗りになって、しかも…殺そうとしていたことが心の奥底に押し込めていた暴力的な感情を蘇らせた。


「…デス……チビの目と耳を塞いでろ」


「………わかった…」


「チビ、大丈夫だからな。すぐ終わるからじっとしてるんだぞ。ルゥを抱っこしてろ」


「うん…うん…わかった…」


コハクからルゥを受け取って抱きしめたラスは、しがみついて来た温かさにほっとして自ら瞳を閉じると、デスがラスの両耳を手で塞いでゼブルの末路を冷めた瞳で見つめた。

左腕を失って大量に出血しているゼブルの襟元を締め上げながら頭上まで持ち上げると、口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべた。

…ラスには人を殺さないでと懇願されてそれを守ってきたけれど、これは悪魔だ。

対象外のゼブルには何の後悔の念を覚えることもなく、苦しげに息を上げながらも恍惚とした表情で見つめてくるゼブルに顔を近付けて囁く。


「俺もさあ、禁術っていうのは結構研究してたんだぜ。残念ながらお前の魔法は知らなかったけど…俺も似たような魔法なら使えるぜ」


「こ、コハク様…!あなたには愛する者など必要ない!私と共に世界を掌握して面白おかしく生きましょう!あなたにも私にも無限の時間があるのです!大勢を従えて屈服させて…」


「そういうのはもうやめたんだ俺は。チビが居ればいい。子供が居ればいい。ああ、まあ後は…デスとかその他数人も加えといてやるか」


無邪気に笑ったコハクの笑顔が逆に恐ろしく、右手でゼブルの両のこめかみを掴んだコハクは、キスをするような距離で永遠の別れを告げた。


「じゃあな。お前に後退の魔法をかけてやる。胎児よりも小さく、お前が存在する以前に戻してやる」


「コハク様…!私はただ…あなたのお傍に侍りたくて…!」


ごう、と風が渦巻き、金色の光がコハクとゼブルを包み込む。

ゼブルの姿はどんどん小さくなり、青年…少年…赤子…そして数センチの胎児にまで後退した後、ふっと姿を消した。


ゼブルは、存在自体を消された。
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