月のあかり
ところが猫は俊敏な身のこなしで巧みに車を躱し、何事も無かったように、向かいの歩道にある地下街の出入口へと下りて行ってしまった。
よかった‥‥‥。
もしかして車に轢かれてしまったのではと心配したぼくは、安堵のあまり「ふぅ」と声に出るような大きなため息をついた。
「嶋さーん」
不意にぼくを呼ぶ声がした。
まるで猫と入れ違いのように地下街の出入口から出て来たあかりが、ぼくに向かって手を振っていた。
すると、それまで途切れることなく行き交っていた車の流れが、両車線とも不思議なほどピタリと途絶え、あかりははにかんだ笑顔で前髪を押さえながら、パタパタと小走りにこちらへ渡って来た。
まるで3週間前のデートの待ち合わせの時のように、お互いに恥ずかしさを噛み殺したぎこちない会釈をした後、あかりはビル風に捲られる前髪をまだ片手で押さえたまま、小さな声で「久しぶり」と言った。
「100年ぶりだね」
ぼくがわざとスネたように冗談を言うと、あかりは拝むように「ごめん」と手を合わせた。
押さえていた手が離れ、前髪が風になびくと、可愛いおでこがチラリと見えた。
「訳は後で話しますぅ」
「いいよ」とぼくは言って、助手席側のドアを開けた。