月のあかり
やがて車は渋滞を抜け、スイスイと街道を南下した。
「ねえ、嶋さん」
会話がしばらく途絶えた後、あかりは助手席の窓の向こうに流れる景色を見つめながら、神妙な声色でぼくを呼んだ。
「どした?」
ぼくが返事をすると、少し躊躇うように息を吐いて、彼女はこう言った。
「どうして私の本名を聞かないの?」
「‥‥‥」
《どうして?》と聞かれても、理由がいっぱいあり過ぎて聞きようが無かった。
それに拘って追求することで、最終的に自分が嫌われるんじゃないかって、脅迫観念に駆られていた。
そして、いつしか触れてはならないアンタッチャブルな範疇のものとして、ぼくの中でぼく自身が決して触れないように、意識の最果てに誘致し、厳重に隔離していたのだ。
「教えてくれるの?」
やっとの思いでぼくは口を開き、彼女に尋ねた。
「教えないなんて言ってないじゃん」
あかりはそう言うと窓側を向いたまま、何やらまたガサゴソとカバンの中をまさぐり始めた。