月のあかり
本名を聞いても、表情や態度には具体的な変化を見せないぼくに対して、煮え切らない不満を見せる彼女は、「ねえ、ねえ、どうして無反応なの?」と訊いてきた。
「いい名前だね」
ぼくはつい取り繕うように、社交辞令的な言い方をしていた。
そんな不明瞭な反応に益々不満を募らせたのか、彼女は唇を尖らせ、走りだした車のフロントガラスを無言のままじっと睨み付けていた。
「どんな字で書くの?」
次の信号待ちで再び彼女の横顔を覗き込んで質問すると、少しだけ笑みを浮かべてぼくの顔を見つめ返し、こう答えた。
「マは満月の『満』で、オは中央の『央』なの。それで『満央』」
でも自分の名前ってあんまり好きじゃないの、と彼女は続けて言った。
「そんなこと無いよ、いい名前じゃん」
今度は取り繕うようではなく、実際にそう思った感情を素直に口に出した。
その意思表示は正確に彼女に伝達出来たのか、またいつものはにかんだ《あかりスマイル》を見せてくれた。
「ねえ、呼びにくかったら『あかり』のままでいいよ」
確かにずっとあかりと言う名前で、ぼくの記憶のデータベースにインプットされてしまっていただけに、急には『マオ』と呼び辛かった。