月のあかり
 
 ぼくは運転に集中している振りをして、しばらく曖昧に返事を濁した。
 そして彼女への言葉を頭の中でゆっくりと組み立てた後、素直に想いを打ち明けた。
 
「あかりの‥‥ 満央の呼んで欲しいように呼んであげたいと思う。でもぼくは名前や呼び方に拘っている訳じゃない。君がどんな名前でも、ぼくは君のことが好きだから」
 
 そう言った後、ぼくはルームミラーで確認する必要もないほどに、自分が赤面していることを自覚していた。
「好きだから」なんて言うつもりは無かったのだけれど、核心になる部分こそ真実の言葉を付け加えないと、それこそすべての言葉が正確に伝わらないような気がしたからだ。
 
「うん、あかりのままでいいよ」
 
 ぼくの言葉を聞いた彼女は再びそう答えた。
 そして「ありがとう」と小さく控えめに後から呟いた。
 その声がよく聞こえなかったような仕草を演じて、助手席の彼女の顔を見ると、ぼくに負けないぐらいに『あかり』も赤面していた。
 そう、やっぱり彼女は何もかも『あかり』なのだ。 
 
「ねえ、嶋さん」
 
 車内に満ち溢れた気恥ずかしさの空気を中和するように、あかりは甘えた口調でぼくに声を掛けた。
 
「どうした?」
 
「海が見たい」
 
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