月のあかり
ぼくはベッドから少し離れたテーブルの上へ、携帯の入っているサイドポケットが見えないように、向こう側に向けてカバンを置いた。
何となく無意識的にそうしていた。
「ぼくもシャワー浴びて来るよ」
「早く戻って来てね」
「ああ、でもカラスみたいに早くは出れないよ」
「カラス?」
満央はキョトンとした表情でぼくを見る。
どうやら《烏の行水》ということわざを知らないらしい。
「ううん、何でもない」
「なによぉ?」
「何でもないって」
「意地悪!!」
勝手に悪者扱いされてしまったが、きっと満央は、またぼくが意味不明なオヤジギャグでも言ったと思ったのだろう。
ぼくが苦笑いを浮かべ、そのままバスルームへと向かうと、満央は再び「早く戻って来てね」と言った。
そして掛布から左手を出して、まるで今生の別れのような悲しい目付きでバイバイと小さく手を振った。
「すぐ戻るよ」
なぜか満央は「にゃあ」と猫の鳴き声で返事をした。