瀬々悠の裏事情
桐島邸
「……」
沈黙を保ったまま、陽一は自室へと続く廊下を歩いていく。
「…?」
ふと音が聞こえた。気になって足を止めて耳を澄ませば、それは人の声のようだった。自室へと進めていた足取りを変え、声のする方へと歩いていく。
近付くごとにその声は姉のものであることが分かり、さらに足を進めていく。
「どうしたんだい。アリア姉さん」
「っ陽一…!」
声を掛けると、姉――アリアは腰まである青い髪を揺らしながら勢い良く振り返る。
よく見ればそこには焦りが混じっている。
「帰ってきたわね」
もう耳にしたくないほど攻めるような声色に陽一は姉の表情の意味を理解する。
その瞬間、吐き気がするほど体全体に錘が圧し掛かった感覚が駆け巡っていく。
「一体どういう事かしら?」
「母上……何かありましたか?」
「何かあったですって?白々しい」
見下すような視線に吐き捨てるように言い放つ母に、陽一は気付かれないように息をつく。
「申し訳ありません。仰っている意味が――」
「あの娘をどこに隠したのかしら」
遮られて放たれた言葉に、ただ奥歯を噛みしめる。
するとアリアは陽一を庇うように彼と母の前に割って入る。
「お母様。月子は一人で館を出たのです。陽一は関係ありません」
「どうかしらね?可愛さのあまり逃がしたのかも知れないわ。本当にお前たちは忌々しくて図々しい」
「お母様!!」
アリアは悲鳴にも似た批難の声をあげる。
「陽一になんてことを言うのです!元を辿れば、お母様にだって――」
「お黙りなさい!」
「黙りません!」
反論を一喝する母。されど譲らない姉。両者とも一歩も引かない状況を見て、陽一はただ頭を下げる。
「申し訳ありません。月子は必ず連れ戻しますので、どうかご容赦を」
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