ダブルスウィッチ
それでも彩子はそこを動かなかった。


いや、動かなかったというより、動けなかったのかもしれない。


今まで自分が築き上げてきたものを、たった1日で崩してしまったえみりへの怒りと、絶望感。


もう送信してしまったメールを取り戻すことはできない。


今思えば、シャワーを終えて出てきたときの亮介の厳しい顔は、えみりからのメールを読んでいたのだ。


結婚してから一度も契約を破ったことのない妻からの、ありえないメール。


そして亮介は、自分の妻に嫌悪と失望を感じたに違いない。


目の前にいる愛人が妻だとも知らずに……


「……わかったわ」


なんとかそれだけ言うと、彩子はくるりと踵を返し、えみりの部屋へと向かった。


悔しいけれど、ここでこんな風に口論していたって仕方がないと彩子は観念したのだ。


えみりの話など、聞かなくたってわかってると彩子は思う。


どうせ、もとに戻りたいとかそんなところだろう、と。


そう思ってから、彩子はハッとした。


そもそも自分はなぜこんなに焦っているんだろう。


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