荒れ球リリーバー
『ありがとうございます』と一礼して誠一郎はアナウンサーからマイクを受け取り、話し始めた。

『僕には、大切な人がいます』

真っ直ぐ前を見据えて放たれた言葉に、場内は再び騒然とする。

そんな中、私の耳に飛び込む居酒屋の若い女性客達の会話。

「大切な人って、例の女子アナの事?」

「そう言えば、結婚間近だって週刊紙で見たよ!」

「じゃあ、もしかしてこれって公開プロポーズ!?」

普段なら女子の逞しい想像力に苦笑いするけど、誠一郎の部屋で料理する彼女を見た私にそんな余裕ない。

只々思い返すのは、数日前私のアパート前に現れた『志乃に会いに来た』『話がある』と言う誠一郎の台詞達。

私も同じ。会いたかった。話したかった。
なんて思った自分は、実に浅墓な勘違い女だ。

あの晩。会いに来たのは。話があったのは。
私と別れて彼女と結ばれる為。

『しのちゃんとケッコンするんだ!』

言った本人ですら忘れた幼い日に交わした約束。頑なに信じて、守ってよねと叫んだ愚かな私の願いは、二度と叶わない事を悟った。
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