主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
膝枕で眠ってしまった主さまを団扇で扇いでやりながら、穏やかな時間が流れた。

完全に朝日が昇っても安らかな寝息を立てている主さまを最初こそ温かく見守っていた息吹だったが…だんだん脚が痺れてきて主さまの手を揺すった。


「主さま起きて。脚が痺れちゃったから起きて」


「……もう少し…このまま…」


「やだよ脚が痛いの。主さまったら…主さまっ」


全く起きる気配がなくほとほと困り果てていると、早速朝っぱらから遊びに来た晴明が庭先から声をかけて来た。


「おやおや。そこの鬼は我が娘の身体を厭わず我が儘を押し通すか」


「父様おはようございます。主さまが起きないの。脚が痺れてすごく痛いのに」


「…………わかった。起きる」


まさに鶴の一声。

渋々身体を起こした主さまに満面の笑顔を向けた晴明は、ふたりきりの時を引き裂くようにして縁側に座ると、懐から幾つかの巻物を取り出した。


「…それは何だ」


「これか。これは妊娠から出産までが事細かく書かれた巻物だ。私はもう熟読済み故、そなたに差し上げよう」


「こんなの読まなくとも大体わかる」


「ほう、大体で済ますか。もし有事が起きたとしてもそなたは素早く対処できるというわけだな?ふむふむ、よくよく覚えておこう」


「………貰っておく」


主さまを言いくるめる天賦の才能を如何なく発揮する晴明を憧憬の眼差しで見つめた息吹は、主さまの手から巻物を奪って首を傾けた。


「私が読んでもいいの?」


「もちろんいいとも。今後母となる実感を重たくなる身体でもって感じるのだろうが、そなた用に母の心得が書かれたものを探してみてあげよう」


「ありがとうございますっ。もうお義母様たち起きたかな…ご飯の準備してきます。父様も食べるでしょ?」


にこ、と笑った晴明に満面の笑顔を返した息吹が部屋から出て行くと、主さまは巻物を捲って息をついた。


「新婚気分も満足に味わえないまま父になる、か」


「何か不満でも?隠居が近付いたと思って喜べ」


「…そうだな。息吹に似た子だといいが」


「そうだな、その点においては同感だ。そなたに似ると息吹が苦労してしまうだろうからねえ」


朝からいびられまくりの主さまは、障子を閉めて朝食までの間、籠城作戦に出た。
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