主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
甘いもの好きな息吹のために饅頭屋や菓子屋を自ら脚を運んで回ってきた主さまの様子はあっという間に幽玄町の隅から隅まで知れ渡ることになった。

それもこれも…


『つわりに効くものがあれば何でもいいから用意しろ』


この一言で、自ら墓穴を掘ってしまったのだ。

息吹が妊娠したことを隠していたのに、食欲が全くなくて寝込んでしまっている息吹の姿を見るに堪えないと思うあまりにそう口走ってしまい、しかもほとんど姿を見せることのない主さま自らが奔走したことで、事は大事に。


「息吹様がご懐妊したらしいぞ、何か滋養のあるものを持って行かないと!」


「もうか?つい最近夫婦になったばかりじゃないか。だがつわりでお苦しみならば俺たちにも何かできることを…」


そんな騒動になっていることに全く気付いていなかった主さまは、買って来た饅頭などをずらりと縁側に並べて息吹の目を丸くさせる。


「こんなに食べれないんだけど…」


「この中から好きなものだけ食えばいい。山姫、茶を用意しろ。雪男は座椅子を持って来い。後は…」


「本当に主さまが買って来たの?みんなびっくりしたんじゃない?」


「……なりふり構っていられるか。いいから食え。なるべく匂いの出ないものを選んだつもりだ。食えるだけ食え」


さして腹は減っていなかったのだが、主さまが恥ずかしい思いをしてまで買って来てくれたこと自体がとても嬉しかった息吹は、皆がわくわく顔で見守っていることに気づいて、桜色の雅なさくらもちを手にしてぱくりと食いつく。


甘すぎずもちっとした感触に頬を緩めた息吹は、次は甘納豆を食べて身体をくねくね。


「美味しいっ。主さまありがとう、すごく美味しい」


「…ならいい。また買って来てやるから好きなだけ食え」


とにかく食えの一点張りで、意外と心配性な主さまの為にもと次は煎餅に手を伸ばそうとした時――山姫が廊下をぱたぱた小走りに駆けて恐る恐る主さまに声をかけた。


「あ、あの主さま…玄関が大変なことに」


「…はあ?息吹、お前はここに居ろ」


腰を上げた主さまは廊下を歩いて玄関に行くと、門の前にずらりと並んだ人々を見遣って眉を潜めた。


「なんだこれは」


「息吹の懐妊祝いに、と。ちょいと主さま、どこでこのこと喋ってきたんですか?!」


ここではじめて失態に気付いた主さま、ため息。
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