主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
台所からだしの良い匂いがしてきた。

つわり中は匂いに苦しむと書かれてあったがこの匂いは嫌いではなく、鼻をくんくん鳴らしていると、自らお盆を手にした主さまが客間に入って来た。


「もうっ主さまったらお義母様の邪魔をしてたんでしょ?主さまの馬鹿」


「邪魔じゃない、口出しだ。それよりこれを食え。混沌(こんとん)という食い物らしい」


「なにこれ…美味しそうっ」


「小麦の皮に餡を包んだものじゃ。甘いものは食せるらしいのでまずはこれを作ってみた。さあ、食うてみなさい」


人が作る食べ物などとんと興味がなく、また作る機会も今まで無かった周が苦戦しながら作った混沌。

少し入れられた山椒の匂いも嫌いではなく、床から這い出た息吹は机の前に正座をして早速混沌を口にして――瞳を輝かせた。


「美味しい!お義母様、すごく美味しいです!」


「明日は素麺(そうめん)というものを試す。料理はわたくしや山姫に任せてそなたはゆるりとしていなさい。この時期は好きなものを好きな時に好きなだけ食うのが1番良い。遠慮するでない」


――山姫にも常日頃感じていたが――もし母が居たとすれば、こんな感じだったのだろうか?

まるで母親が2人できたような気分になった息吹が思わず涙ぐむと、主さまは無言で着物の袖で息吹の目元を拭い、息吹の手から箸を奪って混沌を食べてみた。


「意外といける。残してもいいから好きなだけ食え」


「主さま…私…嬉しい。みんなが優しくしてくれて…幸せすぎてどうしよう」


鼻をぐずらせて本格的に泣いてしまった息吹の頭を引き寄せて肩に埋めさせた主さまは、周と雪男に目配せをして部屋から追い出す。

時々息吹の身体が引きつるように痙攣するのはつわりが襲ってきているのだと最近知った。

だが息吹はよくそれに耐えて、訴えようとしない。

今も時々身体が引きつる息吹を抱きしめているうちに落ち着いてくると、再び箸を手に鼻をぐずぐず言わせながら混沌を食べ始めた。


「…泣くか食うかどっちかにしろ」


「だって冷めちゃうからすぐ食べなくちゃ…。主さま、また後で抱っこして」


「……わかった」


泣きながら混沌を食べている息吹の背中を撫でてやりつつ、密かに幸せを噛み締めている主さまは、時々息吹にちょっかいを出して怒られながらも傍から離れなかった。
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