主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
空を打つような大きな音――

蔵に幽閉されていた椿姫にもその音はもちろん聞こえていたが、何者かまではわからずにただ怯えてそわそわしていた。

そんな中蔵の扉を封じている鍵を外す音がすると身を固くして緊張したが、顔を出した山姫が入って来るなり腕を掴んで立ち上がらせる。


「あ、あの…?」


「ここから出るんだ。あんたを奪還しに酒呑童子がやって来たんだよ。さあ早く主さまの所へ行きな」


「…!しゅ…酒呑童子が…私を…奪還しに…?」


その声色に歓喜の色が込められているのを感じた山姫は、椿姫の手首を痕が残るほど強く握りしめると髪を逆立てながら椿姫に迫る。


「あんたのおかげで全てが台無しになったのを忘れたのかい!?主さまや息吹に何かあれば、あたしがあんたをすぐさま殺してやるからね!喜ぶんじゃないよ馬鹿が!」


「よ、喜んでなど……」


山姫は椿姫の手がちぎれるのではないかというほどの強さで引っ張って蔵から出すと、無言のまま母屋にいる主さまの元に向かう。

こんな女ひとりに妖の頂点に立つ主さまの手を煩わせたり、主さまが唯一大切にしている女…息吹との離縁話に発展したり…

いち早く椿姫を酒呑童子に戻して元の生活に戻りたいというのが本音だが、そこはぐっと堪えて主さまと合流した。

縁側には大きな腹をした息吹が不安そうな顔で座っていたので、山姫は安心させてやるために息吹の頭を撫でて笑いかけた。


「主さまが居るんだから大丈夫だよ。あんたはじっとしていればいいんだ。ちょこまか動くと逆に守りにくいからね」


「はい。母様…椿さんに隣に座ってもらうように言って下さい」


所在無げに庭に立っていた椿姫を案じた息吹が山姫にお願いすると、山姫は再び険しい顔をしつつも椿姫の手を引いて息吹の隣に座らせる。


息吹は唇を震わせている椿姫の手を握ると、庭でずっと空を睨んでいる主さまの背中を見つめながら微笑んだ。


「あなたはどうしてほしいの?酒呑童子の所に戻るのならどうにかしてあげる」


「……戻りたくは……」


椿姫が言葉に詰まる。


私たちは似ている――


息吹は心の中でそう呟くと、近付いてくる大きな音から守るようにして腹を両手で包み込んだ。
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