主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「彼方様…もう、どうか…どうか…」


身体の下で荒い息を荒げている椿姫を見下ろしていた酒呑童子――彼方ははっとして身体を起こすと、がりがりと髪をかきあげて椿姫の肢体から目を逸らした。


「ああ…また我を忘れていた。椿姫、大丈夫か」


「はい…。彼方様…もうこんな暮らしをして何日経つでしょうか…」


椿姫の首には、晴明が術を込めた札が貼られている。

酒呑童子は細く長い指でその札に触れて、この札が無ければ再び血の匂いを発するであろう椿姫を案じて短い息をついた。


「何日でもいい。お前が孕むまでずっとだ」


「そんな…何故生き急ぐのですか?あなたと私はもう一心同体。子など…」


「いや、欲しい。俺とお前が愛し合った証が欲しい」


はい、と小さな声で返事をした椿姫の身体に布団をかけて着物を着た酒呑童子は、この日はじめて庭に通じる障子を開けて外に出ると、眩しい太陽の光に瞳を細めてはにかむ。


…周囲には、日中であろうとも決して監視を止めない百鬼たちがあちこちで目を光らせていた。

だがもう戦う意志のない酒呑童子は気色ばむ彼らをよそに正面の庭に回り込むと、縁側で赤子を膝に乗せて日向ぼっこをしていた息吹を見止めて脚を止めた。


また息吹も酒呑童子に気付いて顔を上げると、小さな朔の手を取って酒呑童子に向けて振って見せた。


「朔ちゃん、お父様のお友達が来てくれたよ。抱っこしてもらおっか」


「だあー」


「…俺はあいつの友などではない」


「同じ鬼族です。元はひとつだったの。これからきっと良い関係を築くことができます」


にこ、と笑った息吹が纏う不思議な空気に気を削がれた酒呑童子は、少し距離を置いて縁側に座りながら、朔に目を遣った。


間違いなく、次の百鬼夜行の主になるべく子。


人との間に設けた子でも力を持ち、妖を率いて空を駆け、務めを果たしていくであろう子。


「…貸せ。膝に乗せてやる」


「朔ちゃん良かったね、抱っこしてもらおうね」


酒呑童子が伸ばした腕に朔を抱かせると、そのまま大人しく身体を預けてふにゃっと笑った笑顔に空気が和んだ。


「俺も…いつかは…」


それ以上は、敢えて紡がなかった。
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