主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
朔は一切の物怖じをしなかった。

酒呑童子の膝に抱かれて短い手足を動かしている様は、徐々に酒呑童子の表情をほころばせて和やかなものにさせる。

額にとても短い角が生えている朔を見下ろしつつ、酒呑童子は庭を眺めている息吹の横顔を盗み見ては苦笑を口に上らせた。


「お前が…あいつの心を溶かしたのか。…椿姫のように」


「え?ごめんなさい、今なんて?」


「…なんでもない」


「変なの。朔ちゃん、そろそろお昼寝しよっか。おいで」


息吹が手を伸ばすとふにゃっと笑った朔にまた笑みを零した酒呑童子は、何者かに見られている気がして顔を上げると、申し合わせたように襖が開く。


「……もういいのか」


声をかけた相手は、腹に大穴を開けたはずの主さまだ。

だがもう痛みを感じている風でもなく渋い表情で頷いた主さまは、息吹の腕に戻ってきた朔に僅かな微笑を浮かべて息吹の隣に座った。


「問題ない。…お前の部下は蔵に閉じ込めている」


「あれは俺の手足にならんために尽力していた。恩赦をかけてやってくれ」


「…お前はどうする」


「俺は…残された短い生を椿姫と共に生きる。お前が気にかけることじゃない」


「……別に気になどかけていない。いつここから出て行くのか訊ねただけだ」


ふたりの会話に息吹がくすくす笑い出すと、ふたりとも同じような渋面でぷいっと顔を逸らしてしまった。

ふたりには遠くとも同じ血が通っている。

どことなく同じ雰囲気を持ち合わせているふたりを見ていると、まるで華月と鬼八を見たような気になった息吹は、朔を主さまの腕に抱かせて深々と頭を下げた。


「…何の真似だ」


「椿さんと幸せになって下さい。種族が違っても朔ちゃんみたいに子供だってできます。もう絶対…絶対椿さんを食べないで」


――主さまは伏し目がちになりながら、己の侵した過ちに憤慨しつつも無言を貫く。

また酒呑童子も、椿姫を手元に置くために侵した数々の行為を恥じて、息吹に反論をしなかった。


「きっと父様がいい方法を見つけてくれます。それまではうちに居て下さい。主さま、いいでしょ?」


「……ああ」


息吹に全く頭の上がらない主さまは、酒呑童子を微笑させつつ、また主さまも微笑を返して息吹を喜ばせた。
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