主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
椿姫の指先から伝う真っ赤な血…

口の中に広がる甘い味ーー

少し前の椿姫のは、どれほどその身を喰らおうとも血は流れず、また痛みも感じなかったはずだ。

だが今目の前にいる椿姫は痛みに顔をしかめている。

すぐに息吹が間に入って椿姫の指先の治療にあたっている間、酒呑童子はそれを呆然と見ていた。


「これからどうするつもりなんだい」


小さな声で晴明に話しかけられた酒呑童子は、少し俯いた後、逡巡した。

これからどうするかはまだ考えていない。

…椿姫は人として老いていくが、自分は違う。

人里で暮らせばきっと災いを呼び、椿姫に迷惑をかけるに違いない。

どこか遠くの、山奥ならばきっとーー


「空いている家を貸してやる」


どこからともなく聞こえた低い声に身構えながら振り返った酒呑童子は、梁に寄りかかって腕を組んでいた主さまを見つめた。


「…どういう意味だ?」


「この町で暮らせばいい、と言っている」


「ああ、ここならば何の問題もないね。そなたの心配事も減るであろう」


「…これ以上、お前たちに迷惑をかけたくはない」


「もうこれ以上はないというほどに迷惑はかけられているとも。遠慮するな」


ーー主さまが珍しく世話を焼くのは、もちろん息吹のためだ。

椿姫と親しげになり、同じような境遇を共有しているふたりは、手を取り合って喜んでいる。


…息吹につらい思いをさせた分…いや、それ以上に、喜びや幸せを感じてもらいたい、と思う。


「ここには住めない。…甘えが出てしまう」


「お前の考えなどどうでもいい。椿姫のことを考えろ」


主さまがいらいらしながら説得を続けるが、酒呑童子はなかなか首を縦に振らない。

かくなるは、もう奥の手しか残っていないのだが…

それを極力使いたくなかった主さまは、盛大なため息をついた。


「十六夜?」


「少し待て。息吹」


縁側に座って椿姫と談笑していた息吹が顔を上げると、主さまは庭に降りてそんな息吹をひょいっと腕に抱えた。


「きゃっ!主さま?」


「…連れて行きたい場所がある」


ただそう告げて、空を駆け上がった。


本当に本当に、これだけは避けたかったのだが…


そして主さまは、また盛大なため息をついた。
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