主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
少し青ざめた顔と唇ーー

主さまが緊張しているのだとすぐにわかる顔は、息吹に笑みを浮かべさせた。


この人は、自分にしか見せない表情を今、見せてくれているのだ、と感じて、少し冷たい主さまの手をさすった。


「いつかね、浮気はされると思ってました」


「……椿姫にやましい思いは抱いてなかった」


「ふふ、からかっただけだってば。…主さまは鬼で、時々人を食べる妖」


「…」


「でも私を拾ってくれてからずっと人を食べてないことは知ってたし、主さまの元へお嫁に行く時…もう人は食べないって約束してくれたこと、覚えてる?」


主さまの顔がますます青ざめる。

責められているのだと感じるのかーーそれでも少し眉間にしわを寄せて、耐えていた。


「しばらく帰ってこなくなった時…ああ、私はここから出て行かなきゃいけないのかなって真剣に悩んだんだよ。どんな女の人と一緒にいるのかなって考えると、胸が痛くなって…」


ーー主さまが、息吹の細くてすぐに折れそうな指を握りしめる。

…反論する余地がない。

椿姫と男女の仲ではないにしろ、人の肉を食らって溺れて、息吹の元へ帰らなかったのは真実なのだから。


「主さま…椿姫さんが特別な身体じゃなくて、本当にただの人を食べてたなら…私は離縁してたと思います。でも…違った。主さまは戻って来てくれたから…だから…いいの。だから謝らないでほしいし、もう悩まないでほしいの」


…心底から、できた嫁だと思った。

ふいに瞳から何かがあふれそうな感覚に陥った主さまは、自分の子まで生んでくれた息吹のやわらかい笑みに救われて、はにかんだ。


「…もう絶対に人を食わないし、誘惑には負けない」


「ふふ、主さまみたいな有名な妖だと誘惑なんてたくさんあるでしょ?私は待つことしかできないけど、ずっと…ずうっと待ってるから。朔ちゃんが大きくなって主さまの跡を継ぐまで、待ってます」


ーー愛しすぎて、触れることすら躊躇してしまうような愛しさを感じた。

息吹が家にいない生活…

息吹が存在しなかったら、今の自分はどんなだっただろうか?

想像するだに恐ろしく、吐き気すら感じるような寂寥感。

主さまは、息吹の頭を引き寄せて胸に押し付けて、その大切な存在がそばにいることの有り難みを噛みしめる。


「…お前が待ってくれているから、百鬼夜行を続けていられる。鬼八を昇華できた。お前が…必要なんだ」


「うん、ありがとう。じゃあ私からも。主さま、気持ちを伝えてくれてありがとう。大好き」


主さまが、息吹の耳元でこそりと囁く。

愛しさを込めた、5文字を。


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