主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「なんだいなんだい、辛気臭い顔じゃないか。そろそろ立ち直っとくれ。でないと主さまが…」


椿姫たちが幽玄町を去ってから数日。

息吹はどこかぼんやりしていて、考え耽ることが多くなった。

…よって、主さまの機嫌も自然と悪くなる。

息吹の関心を一身に集めていないと、気が済まないからだ。


「あーうー」


縁側に座って湯呑みを持ったまま動かない息吹の耳に届いたのは、同じように側に座っていた主さまがあやしていた朔の声。


はっとなった息吹は、朔の顔を見て頬を緩めた後、主さまの表情を見て申し訳なさそうに顔を伏せた。


「ごめんなさい主さま。昼間なのに朔をあやしてもらっちゃって…」


「…別に」


そう言ったものの、無表情に見える主さまの顔は、明らかに不機嫌そうに見える。

湯呑みを脇に置いて、主さまの膝から朔を抱き上げた息吹は、ふうとため息をついた。


「…とらわれ過ぎだぞ」


「うんわかってる…。そろそろ日常に戻らないとね」


ーー主さまとしてもいち早くそうしてもらいたいところだが、息吹が自分に嫁いでから人と話す機会などめっきり減っていることには気付いている。

だからこそ、強く非難することはできない。


悶々としていると、朔が息吹の腕に掴まりながら立つと、主さまに紅葉のような手を伸ばす。

夫婦喧嘩などしていないのだが、ふたりの微妙な空気を感じ取ったのか、朔は少し怒ったような顔をしていた。


「ふふ、朔ちゃんはお父様が大好きなのね」


主さまが朔の小さな手を握ると、安心したのかちょこんと座って満足そうにして大欠伸をした。


「主さま、膝枕してあげる」


…夫婦の部屋でなら喜んでしてもらいたいところだが、雪男や山姫も居る場所でそんな姿は見られたくない。

葛藤している間に息吹が無理やり主さまの身体を倒して膝に乗せると、みるみる主さまの顔が赤くなる。

いつまでたってもそういった純情なところのある主さまの艶やかな黒髪を撫でながら、息吹は改めてお礼を言った。


「主さま、ありがとう。私、本当に幸せ」


「…なんだ急に」


「仲良くしてくれるみんながいて、主さまがいて、朔ちゃんが生まれて…。幽玄橋に捨てられてなかったら私は一体どうなってただろうね」


「…どうもこうも、こうなることは決まっていた」


運命なんだ。


ぼそっと呟いた主さまの声は息吹に届き、息吹は顔を寄せて主さまの頬に口付けをした。
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