主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「おやおや?雪男が元の姿に戻っているではないか」


息吹が嫁に行っても度々幽玄町を訪れる…いや、以前よりも頻繁に通ってくる晴明は、主さまが百鬼夜行に出る直前に徳利を手に現れた。

息吹は主さまと一緒にどうしても食事をしたいのでいつも早めに夕餉を作っているので、居間の食卓には所狭しと料理が並べられている。


「父様!そうなの雪ちゃんが元に戻れたんだよ!よかったよね、一時はどうなることかと思ったけど…」


「私の力とは偉大だねえ、ふふふ」


ご機嫌斜めの主さまは縁側で煙管をくゆらせていたのだが、晴明はまるで主さまに気付いていないかのような素振りで居間に上り込むと、赤子用の床に転がっていた若葉を抱っこして座った。


「父様、ご飯食べて行くでしょ?今日はどうしたの?」


「ん、いやいや、先ほど久々に道長が顔を出しに来てそなたの話をしていたのでね。道長のことを気にかけていただろう?」


烏帽子を取って脇に置いた晴明の涼しげな美貌は息吹を労わる愛情で溢れている。

主さまとはまた違う愛情で息吹を包み込む晴明の優しさは、せかせかと忙しなく動いている息吹の脚を止めさせた。


「え、道長様が?ちょ、ちょっと待って!最後のお料理運んでくるから!」


慌てて台所に走って行った息吹を見送った晴明は、一緒について行った雪男について主さまを早速いじめにかかった。


「面白いことになっているではないか」


「…お前があいつを救ったからこんなことになったんだぞ」


「ん?だが雪男があの時死んでいたら、息吹はずっとふさぎ込んでいたかもしれぬぞ。そなたはそれを望んでいたと?」


「望むものか。あいつ、息吹を諦めないと俺に宣言してきたぞ。ふざけた奴だ」


「そなたは口先ばかりで自信が足りぬ。まあ私の可愛い娘はたいそう男にもてるが、そなたを選んだのだ。胸を張れ」


晴明に励まされてしまった主さまがむすっとしていると、息吹が美味しそうな煮魚を運んできて、主さまの手を引っ張って食卓に誘った。


「主さま一緒に食べよ」


「…腹は減っていない」


「減ってなくても座ってくれてたらそれでいいから。で、父様!道長様のお話を聞かせて下さい」


空海に操られた後満足に話もできないまま別れてしまった道長――

息吹の心配はわからないでもないが、他の男を気に病んでいることについては納得のいかない主さまは、鼻を鳴らしながらも食卓について箸を手に取った。
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