主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「…今日は来ないのだろうか……」


幽玄橋の真ん中で待ちぼうけを食らっていた義経は、今か今かと息吹を待っていた。

一目惚れといっても過言ではなく、今朝廷が大変な中こうして時間を割いてここへ来るのを兄の頼朝に咎められながらも来てしまった。

あんなに可憐で儚い印象の息吹が、百鬼夜行の主の妻――

その事実を義経は受け入れ難く、息吹が心配しないようにと甲冑を脱いで軽装になったが焦りで額を流れる汗を吹いていると…


「おやおや義経殿か。ここで何をしておられるのかな?」


「!晴明殿…!そなた今幽玄町から…!?」


「ああ、私は半妖なのでね、いざ…主さまとも仲が良いのですよ。で?私の愛娘を待っておられるようだが、今日はここへは来ませぬ」


「?ですが昨日会う約束を…」


無人の牛車から出て来た晴明は、扇子でぱたぱた顔を仰ぎながら涼しげな流し目を義経に送る。


「息吹は首のあたりを少々怪我しまして、治療に専念しております」


「な、なんと…!大丈夫なのですか!?」


本気で心配している様子がひしひしと伝わってきたが――息吹と主さまの仲を引き裂きかねない義経の言動には注意しておこうと思いつつ、晴明はひとつ確かめるために薄笑いを消して義経をどきっとさせた。


「義経殿は息吹に懸想を?」


「!わ、わかりませぬ…。ですがお会いしているとあたたかくなって優しい気持ちに…」


「息吹を白拍子の静殿の代わりにしようとしているのでは?」


――義経の顔色が変わった。

顔を強張らせて固まってしまった義経の顔をじっと見つめていた晴明は、その黒瞳をじっと覗き込んだ後、義経の肩をぽんぽんと叩いて牛車の中へ誘う。


「冗談ですよ、冗談。さあ今宵は我が屋敷にて酒宴でもいたしましょう。道長や頼朝殿も参ります故」


「そうか…。では晴明殿に文を託したい。息吹姫に渡して頂けませぬか」


「文?いいでしょう。ふふふ」


何故か含み笑いをした晴明と共に牛車に乗り込んだ義経は、怪我をしたという息吹を本気で心配して気が気ではなく、晴明の屋敷に着くとすぐに文を書き始めてしまった。


「恋文ですかな?息吹は人妻ですが」


「そ、その…心配しております、と書いているだけです」


そう言いながらも肘で文を隠す義経にまた含み笑いをした晴明は、主さまがきりきりするであろう内容に違いないと確信して肩を揺らした。
< 71 / 377 >

この作品をシェア

pagetop