主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
息吹はその後夕餉の準備に取り掛かるために台所へ行き、百鬼夜行のために部屋から出てきた主さまは、縁側に残されていた義経からの文をじっと見つめて辺りをきょろりと見回した。


…誰も居ない。

盗み見をするのもどうかと思ったが、受け取った息吹は読む気はないので処分することになるだろう。

なので、自分が見ても別に咎められることはない。


「…ふん、文など送って気を引くとは女々しい奴だ」


文を手に取ると、微かにだが仄かに香が漂った。

それもまた女々しいと感じた主さまは、綺麗に折り畳まれた文を乱暴に開いて目を通した。


『今日もお会いできなかったらと思い、再び筆を手に取りました。誤解して頂きたくないのでひとつあなたに知っていて頂きたい。私はあなたを静の代わりなどしておりませぬ。数度お会いしただけですが、あなたにお会いする度に心を奪われていくのが手に取るようにわかります。叶わぬ恋心とわかっておりますが、どうかまた私とお会いして下さい。明日も幽玄橋の上でお待ちしております。義経」


武人らしく力強い筆遣いと相反するような甘い言葉が綴られた恋文。

苦虫を噛み潰したような顔をした主さまだったが――息吹は『源氏の物語』を愛読するなど、甘い言葉に弱い傾向がある。

…自分はそんな甘い言葉を吐くのはいやだし、例え思いついたとしても恥ずかしくてとても口には出せない。


「くそ…会ってもいいなど言うんじゃなかった」


確か、晴明と義経は朝廷でもよく会う顔見知りだと言っていた。

息吹は幽玄町から出ない決心を固めていたが、主さまは違う。


まだ百鬼夜行の時間まで少し早かったので、忙しくしている息吹に声をかけずに屋敷を後にして空を駆け上がった主さまは、晴明の屋敷に向かって断りもなく庭に下り立った。


「おやおや、そなたがここへ来るのは久しぶりのことだ。今私は客人の接待中故忙しいのだが」


「その客人に会いに来た。会わせろ」


眉を上げた晴明は、手にしていた巻物で肩を叩きながら主さまの深意を推し量るようにじっと見つめる。

主さまは天叢雲を常に帯刀しているのでまさか攻撃をしに来たのではと一瞬思ったが、会わせようか会わせまいか考えていると、件の男は奥の部屋からひょっこり顔を出した。


「晴明殿?遅いのでお呼びに………貴様、妖か!」


義経が抜刀すると、主さまは鼻を鳴らして義経の神経を逆なでした。


「そのなまくら刀で何ができる?お前に警告をしに来たぞ」


百鬼夜行の主が乗り込んできたことに義経は息を詰まらせて主さまを見つめた。
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