主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
何度も躊躇しつつ、夫婦共同の部屋に入った主さまは、背を向けて正座をして枕を何度も殴っている息吹を見つけて冷や汗をかいた。

主さまに冷や汗をかかすなど、息吹にしかできないことだ。


「……息吹」


「……」


「……お前に断りを入れなかったことは謝るが、俺とて怒り心頭だったんだ。少し脅しただけだ。手は出していない」


「………」


断固話さない姿勢を見せて怒りを表す息吹をこんなに怒らせてしまったのは、夫婦になってからはじめてのこと。

意外に頑固な性格で、怒ると長引くことを知っている主さまは、がりがり髪をかき上げながら最終兵器を机の引き出しから引っ張り出した。


主さまの手の中でかさりと音を鳴らしたものの存在に、息吹がちらりと肩越しに振り返る。

それは…主さまと息吹がかつて紙の上で言葉を交わした1枚の貝と、『是』と『否』が書かれてある紙。


懐かしくて、互いの想いを隠していた懐かしい日々が詰まった紙は息吹の心を動かし、主さまは息吹の前に座って紙を広げた。


「話さなくていい。これで答えてくれ」


「……」


顔は未だ怒っていたが、こくんと頷いた息吹の顔をじっと見つめた主さまは、視線を逸らさずに静かに口を開く。


「俺に怒っているのか?」


息吹がさっと手を伸ばしてすぐ『是』の上に貝を乗せたので、思わず苦笑してしまった主さまは、膨れた息吹の頬を指で突いて破裂させると、続けた。


「許してくれるつもりはあるか?」


しばらく考え込まれてしまったが、これもまた『是』の上に貝を乗せたので安心した主さまは、素直に頭を下げた。


「…すまなかった。嫉妬のあまり勝手なことをしてお前を怒らせた。だが俺はまたやるぞ。お前は俺の妻であり、俺の妻にちょっかいを出す男を黙殺することはできない。だから、今後もお前を困らせる存在は俺がしゃしゃり出る。これは変えられない」


主さまが嫉妬していると知った息吹は嬉しさも感じつつ、怒りがしぼんでいくのを感じた。

この人が絶対に理由もなしに人を手にかけたりなどしない男だということは最初からわかっている。

だから義経が危ない目に遭うことはないだろうとわかっていたが――身勝手なことをした主さまに怒ったのも事実。


「…俺を許してくれるか?」


「うん…いいよ」


『是』の上に貝を置いてため息をついた息吹の手を握ってほっとした表情を見せた主さまが、愛しい。


この人は何があっても守ってくれる――

それを再確認した瞬間でもあった。
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