SトロベリージャM
実野里が休日しか店を開けない理由は、仕事を掛け持ちしているからだ。


ジャムの販売だけで一人暮らしはやっていけない。


両親も若者も、都会へと移り住んだ。


父(賢斗)と母(百夏)は一緒に引っ越そうと提案してくれたが、生まれ育ったこの場所を離れることはしたくなかった。


このまま、若者がいなくなって、お年寄りだけになってしまったら?


森に囲まれ、汚れを知らない、この綺麗な居場所は、この先なくなってしまうんじゃないか?


都会の大好物である、便利さの追及とつまらない娯楽開発の犠牲になって、侵されてしまうんじゃないか?


そう思うと、手放すことはできなかった。


まるで、溺愛した一人娘を、見知らぬ男に嫁がせるような気持ちだ。



自然は生き物だ。


呼吸して、成長して、また生まれてくる。


人間と同じ。


だから、自然を壊すことは、殺人と同じだ。


コンクリートを流し込むなんて、想像もしたくない。


コンクリートだって、限度を超すと、立派な凶器だ。



実野里は、この愛する森を守っていこうと誓った。


そう誓ったのが、5年前の21歳の頃。


大学も卒業に近づいていたころだった。


毎日、バスと電車を使って2時間くらいかけて通っていた。


手間や時間は掛かったが、森に囲まれた田舎に住んでいるという充実感や、生命の躍動感を味わえることが一番の幸せだったので、何の苦にもならなかった。
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