瑠哀 ~フランスにて~
「ここまで来て逃げ去ることなど不可能だ。

無駄な抵抗はやめるんだ」


 リチャードが少しだけ朔也を振り返り、チラッと、その腕の中に抱えられているユージンに目をやった。

 それから、ふっと、皮肉げな冷笑を浮かべてみせる。


「確かに、今となっては、その子供の価値などないも同然。

執着してるのは、あの馬鹿くらいなものだ」


 ふん、と忌々しげにそれを短く吐き出した。


「だが、この女はどうかな?

一歩でも動けば、このかわいい顔にズドン、だ。

まさか、そんな結末にはしたくあるまい。

僕を殴り倒すかな?

ケインにしたように。できると言うなら、やってみてもらおうか。

必ず、この女も道連れだ」


 くつくつ、と気味の悪い、それ以上に背筋の凍えるような冷たいリチャードの冷笑は、

人殺しも厭わない、ゾッとするような響きだ。

 朔也を見やりながら、無理矢理、メイドに立ち上がらされた瑠哀の横に行って、

その銃口を真っ直ぐに瑠哀のこめかみに押し付けた。


 朔也が、キッと、リチャードを睨み付ける。


 くつくつ、とリチャードの冷酷な笑みが響く。


「お前も、下手な真似をしようなど考えるな。

この子供とて、―――ああ、それとも、この男とて、と言い返すべきか。

ふん。まあ、無事ではいられまい」


 動け、と乱暴に押された瑠哀は、その瞳を朔也に向けた。


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