FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
 確信があるわけではなかった。

 だけどその髪の毛を見た瞬間、言いようのない懐かしさを感じて、つい受け入れてしまった。



 自分の胸に顔を押し付けた少女は、スレンダーなシャルレよりも随分細く、彼の中で何度も思い描いた身長よりも随分小さかった。





 まさか、そんなはずない。
 キリエがこんな所にいるわけがない。
 本来ならば王族の城で生活しているはずだった。







「あ、いたかった……っクレド……」




 ―――はずだったのに。




 クレドとシャルレは同時にひゅっと息を呑んだ。


 少女から振り絞るように零れた言葉に、確信する。



 キリエだ。

 約12年、彼にとって気が遠くなる程長い時間探し続けた彼女が、今腕の中にいる。





「クレド! その子、ずっと捜してたっていう……っ!」


「ああ……」



 信じられない思いで、クレドは呆然と目を見開いたまま、キリエの頭にそっと手をやった。


 何故? どうして?


 王族のフランツ家に引き取られたはずの彼女は、本来こんな場所にいるわけがない。


 いくら行方不明だったからと言って、まさかこんな危険地区にいたなんて思ってもみなかった。



 壊れ物を扱うように、細い肩を掴んで顔を覗き込むと、既に彼女は気を失ったようで目を閉じていた。



 やはりキリエで間違いなかった。



 目は閉じているものの、昔の面影を残した顔立ちだ。



 クレドは愛おしそうに、少女が壊れてしまわないように、抱きしめた。


 キリエは顔も身体も汚れていて、身に纏う服もボロ切れのような粗末なものであった。

 しかも素足のままだ。



 クレドは彼女を抱き上げ、シャルレの方を申し訳なさそうにチラリと見る。



「……良いわよ。あたしも付いて行くわ、文句ないでしょう?」


 やっとの思いで見つけ出したキリエを前に、シャルレを優先するわけにもいかなかった。




 しかしシャルレの言葉に安心して、クレドは「……ありがとう」と小さく言葉を落とした。



 このB区に知り合いのいないクレドは、A区にあるアリエルに向かった。


 よく世話を焼いてくれたオーナー・ジュリナならば、頼りにしても大丈夫だろうと絶対的な確信があった。




 アリエルの社長室に突然飛び込んだクレド達三人の姿を目にしたジュリナは、僅かに目を見開く。



「オーナー、風呂貸してくれ」



 第一声がそれかとも思ったが、相当焦っているようなのでジュリナは敢えて突っ込まなかった。


「……好きに使うと良いわ」



「はあ? アンタが風呂に入れる気?」



「うるさい」



「アンタねえ! 娼婦でもない普通の女に何考えてんのよ!」



 いくら幼馴染みと言えど、12年も離れていた上に、今はお互い18歳と17歳の人間なのだ。


 シャルレの言い分が100%正しい。



 ジュリナはクレドが大事そうに抱えている少女を舐めるように見詰めながら、カツカツとヒールを鳴らして近づいていく。



「いいわ。私が入れてくるから」


「……は?」



 予想もしていなかったジュリナの言葉に、クレドはワンテンポ遅れてから言った。



「その娘がキリエね。男が好きな女を風呂に入れようなんて、もっと大人になってからにしなさい」



 ジュリナの少し馬鹿にしたような微笑みに、クレドはムッと険しい顔をするが、聞き分け良くキリエを彼女に任せることにした。



 クレドはキリエを浴室まで運ぶと、心配そうにチラチラと振り返りながらも社長室に戻った。


 ジュリナは目覚めないキリエを、母が子にするように優しく身体を清めてあげた。


 そして真っ白な肌を見て、「可哀相に」と静かに呟いた。



 汚れも落ちてすっかり綺麗になったキリエに、クレドが社長室から持ってきたであろうジュリナが昔着ていたパジャマを着せてやった。

 彼女が今よりも幼い頃に使っていた為、少しだけキリエにとってサイズは大きいが、それも仕方あるまい。


 ブラジャーの方は明らかにサイズが違う為、諦めた。




「クレド、運んで頂戴」



 浴室のすぐ外で待っていたクレドに声を掛けた。


 まるで身内の手術室の前で待っている親族のようである。




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