FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
 どんなことがあろうとも、彼女を護ろう。
 誰であろうとも、彼女を笑顔を奪う者は許さない。
 それがどんなに近しい者だとしても、それだけは絶対に許さない。


 数多くの闇を見てきた青年にとって、やっと取り戻した太陽は掛け替えのないもので、彼女を護る為ならば冷徹な性[サガ]も珍しく燃え上がる。



 わんわんと盛大に泣くキリエは泣き止んだ頃には、一人夢の中であった。
 疲労が溜まった所で出掛けて、その上気が済むまで泣いたからだろう。



 小さな体はクレドの胸に体を委ね、健康的な寝息をたてる。

 クレドはキリエを抱き上げると、その体が揺れてしまわないように気遣いながらベッドに横たえた。


 頬を伝う涙を優しく拭いてやる。




「キリエが泣かなくて済むような場所をつくるよ」



 そう言うと、不意にその顔が少しだけ和らいだ気がしたのは、自分の都合の良い解釈だろうかと、ふっと笑ってしまうクレド。




「約束するよ……」



 彼は誓うように、短い前髪から見えるその額に口付ける。



 せっかく新品の洋服を買ったというのに、それを着て眠ってしまった為、彼女が起きた時にはそれは皺になってしまっていた。

 洋服の皺を見てキリエはしょんぼりと肩を落とした。



「ほら脱いで。眠いなら着替えておいで」


「はーい……」


 キリエはさっき買ったパジャマを手に取ると、風呂場に駆けていった。


 着ていた洋服を抱えて戻ってきたキリエは、まるで幼女のような可愛らしいパジャマを着ていて、クレドはそれを見るだけで満足していた。



「ちょっとかわいすぎるかな」


 キリエは少し恥ずかしそうにフリルの付いた裾を引っ張る。



「いいんじゃない。キリエによく似合ってる」



 17歳の少女が着るには少しばかり可愛さが勝っているデザインだけれど、彼女が着れば何の問題もない。

 キリエは嬉しそうに目を細めると、ギュッとクレドの腰に抱き付く。

 兄気分に浸るクレドはキリエの柔らかい髪を撫でると、もう寝るようにと促した。



 1ルームしかない彼の自宅は、当然ながらキッチンもベッドも風呂場に繋がる扉も同じ空間にある。


 だから常に傍にいられることに二人ともが安堵する。


 一人は護りたいと、もう一人は離れたくないと願っているようだ。

 元々孤児だった二人は昔から自然とお互いを求め、寄り添っていたのだ。
 クレドが世話を焼くのもキリエが甘えるのも、周囲から見れば少々過剰見えるかもしれないが、二人の間にはこれが普通なのだ。



 クレドは、自分が使っていたベッドに潜り込み安息して眠りにつく彼女を暫く眺めるが、飽きる気配はないようだ。



 いつから仕事に復帰しようかと考えながらも、頭の隅で今日の夕食もきっちりと考えている。

 軽く主夫気質のある彼は、彼女の喜びそうなメニューをうんうんと唸りながら考えているのだ。



 それから充分に愛しい寝顔を眺めたり、趣味である一人チェスをして遊んで時間を潰していると、時計の針は夕方の5時半頃を指していた。


 白のナイトで黒のキングにチェックメイトを詰めると、彼は腰を上げてキッチンに移動した。


 クレドは先程思い付いた料理を手際良く始めた。
 第一の趣味を家事だと自負するだけはある。

 トーマやジュリナに比べ大分根暗なクレドはこうしてインドアな趣味ばかりである。
 シャルレは中々クレドに近い性格だが、どうもあの派手好き二人には付いていけない節がある。



 夕食が出来た頃にはもうキリエは起きていて、布団に包まったままぼんやりと何もない壁を眺めていた。

 起こしにきたクレドは背後からキリエの肩を軽く揺する。



「キリエ、夕食出来たよ」


「クレド……おはよう」


 キリエはまだ少し眠そうな目を頑張って開いて彼を翡翠の瞳に写す。

 そして極自然といった様子でクレドの首に腕を回すと、その頬にちゅっと唇を落とした。



 そのことに驚き、何処で習ってきたんだと一瞬眉を寄せる。



「おはよう。よく寝ていたな」


 しかしそんな顔を彼女に見せるなんて、彼にとっては以ての外だ。
瞬時に微笑み同じように頬にキスをする。



「一体何処で覚えてきたの、これ」


 これと言われ、キリエは首を傾げるがすぐに"おはようのキス"のことだとわかり、「ふふっ」と笑った。



「あのね、昔にね、ギルがこうするんだよって、教えてくれたの」


 彼女の口から出てきた男と思われる名前に、一瞬にして空気が重いものに変わった。

 当然クレドの知らない名前である。自分と離れていた間に余計な虫だ付いたのか。

 どす黒い感情が彼の中に湧き出て、どうしようもない嫉妬に苛まれる。



 ギルと言う者がキリエにそんなことを教えたのかと思うと、不愉快極まりなかった。

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