銀の精霊・森の狂王・時々、邪神
 それでも『時間』と『日常』ってのは、実に見事な妙薬で。

 否応なく時間は過ぎていくうちに、少しずつ少しずつ、あたしはこちらの生活に向き合えるようになっていった。


 彼とあの娘は、揃って会社を辞めた。

 自己都合による依願退社って事になっているけど、実はクビになったんだとか、まことしやかな噂が流れた。

 本当のところはどうなのかは分からないけど、別にそのまま結ばれて幸せになるのなら、なればいいし。

 別れる事になるのなら、それはそれ。

 あたしとあのふたりの人生はもう関係が無くなってしまったんだから、どうなろうと、それはあのふたりだけの問題。

 まぁ多少はご縁があったわけだから、せいぜい長生きできればいいね、程度には思う。


 両親ともすっかり和解して、今では何事もなかったように、毎日笑って接している。

 弟達もまったく変化なし。相変わらず掃除や洗濯や食器洗いの当番の事で、ケンカばかりしてる。

 近所のペキニーズの吠え声も健在。やれやれ、まったくあの犬は。

 以前と何事も変わらない、こちらの日常生活の流れ。

 変わった事があるとすれば……


 土を見ればノームを想い

 火を見ればイフリートを想う。

 沈む黄金の夕日にモネグロスを想い

 緩やかなウェーブの黒髪の男性を見ると、思わず振り返る。

 そして……そこには誰も居ない事を思い知る。


 懐かしさと切なさに心を締め付けられ、風に吹かれながら、しばし佇む。

 ジンのものでは無い風に身をさらし、思いは乱れ、心は飛ぶ。

 あの世界の愛する者の元へ。

 そしてあてど無く彷徨い、心は結局日常へ帰る。

 あたしの生きるべき日常に。
< 606 / 618 >

この作品をシェア

pagetop