竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち
「師匠は世界一のテーラーだった。とすると、その師匠が残したこの店も、すなわち世界一ということだ」
「だったら余計、私がもらうのはおかしいでしょう。私、スーツのことなんかなんにも知らないもん。あなたたちが弟子というのなら、三人で運営すればいいじゃない」
「そうはいきません」
今度、口を開いたのは月翔だった。
「師匠の店は元々ここだけではありません。もう一つ、サヴィル・ロウにあるのが本店です」
「サヴィル・ロウ?」
「19世紀末からの歴史を持つ、ロンドンの伝統的なテーラー街です。歴代の英国王室や貴族たちの御用達の店が並んでいるんです」
「へぇ……」
「師匠の顧客は、世界中からサヴィル・ロウにやってきたんですよ」
月翔が自慢げに唇の端を持ち上げたのを見て、エリはなんだか不思議な気持ちになった。
この人たちにとって、お父さんは「尊敬する人」だったんだ……。
すごい人だったんだ……。
けれど、父親としては失格だったはずだ。
そう簡単に許せるものではない。