それでも、愛していいですか。

返す言葉がなかった。

口を真一文字に結んだまま、その場に立ち尽くした。

重苦しい空気が部屋に漂う。

「そばにいることだけが、愛じゃないと思うわ」

美咲は諭すように阿久津に語りかけた。

阿久津は天井を仰ぎ、大きく息を吐き出す。

そうだ。

俺だけが幸せになるなんて、許されない。

俺は十字架を背負っているのだから。

妻を、殺したのだから。

それを彼女にまで背負わせるのは……。

ダイニングの椅子にがくんと腰を下ろすと、背もたれにだらりと身を預け、窓の外を眺めた。

外は相変わらず、しとしとと雨が降り続いていた。



時計は、19時10分を回ったところだった。

雨は一向にやむ気配がない。

奈緒は、フランス料理店の店先で、今か今かと阿久津を待っていた。

しかし、何度右を向いても左を向いても、待ち人は現れない。

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