箱の中の彼女


「いつかって…いつですかね」

 トレーニングが終わると、猛烈にけだるくて眠くなる。

 同室の真治も、その状態のようだった。

 うとうとしかけていた顔を、はっと上げる。

「なんだ、いきなり…いつかって何だ?」

 たくましい腕でよだれを拭う仕草をした後、目をしばしばさせながら孝太を睨む。

 本人は睨んでいるつもりはないのだろうが、眠気でそんな風な表情に見えるのだ。

「いえ、『いつか』会おうって言われたら、いつぐらいのことですかね」

 孝太は、馬鹿だ。

 人付き合いの礼儀とか、さっぱり分かっていない。

 だから、美奈子の言った『いつか』が、具体的にいつくらいに相当するのか、ここ数日考えていた。

 言葉のニュアンス的に、そんなに近い日程ではないようだ、というくらいは想像できていたが。

「あぁ? 何だ…そりゃあ、女のよく使う社交辞令だろ? 俺だって、こないだ誘った女に、『またいつかね』って言われて、それっきりだぜ」

 真治の言葉に──孝太は打ちひしがれた。

 そうだったのか、と。

 美奈子は、もう彼には会いたくなかったのか。

 そう考えれば考えるほど、彼はずぶずぶと落ち込んでいくのだった。

「はっはーん、お前を助けた女に、そう言われたんだな? あっはっは、あきらめろ…脈なしだ」

 落ち込む孝太が、楽しくてしょうがないのだろう。

 眠かったことも忘れたように真治が近づいてきて、大きな手でばんばんと彼の背中を叩く。

 会いたくない。

 会いたくない。

 その背中の痛みも気にならないほど、孝太のショックは大きかった。

 そして、ショックの大きさに気づけば気づくほど。

 自分が、美奈子に会いたいと思っていたことを、思い知らされるのだ。

「大丈夫だ、女にふられても、お前にはボクシングがある! 目指せチャンピオンだ!」

 真治の能天気な声は、孝太の風通しのいい脳みその間を、駆け抜けていったのだった。
< 9 / 31 >

この作品をシェア

pagetop