【番外編】惑溺 SS集
リョウは顔を上げると、何事もなかったかのようにいつも通りの涼しい表情で、私の濡れた唇を指で優しく拭う。
動揺して痛いくらい跳ねる心臓を手で押さえながら、恐る恐る沙織と矢野くんの方を振り返ると、ふたりとも目を見開いて固まっていた。
「目の前で自分の女が口説かれてんのを見せられるほど、不愉快な事はないな」
リョウはそう小さく言うと、隣の席で息を飲む矢野くんを、傲慢なほど美しい微笑みで見下ろした。
「キャー!キャー!キャー!」
「ええええええええ!?」
その微笑が金縛りを解く合図だったようで、弾けたように沙織と矢野くんが叫びだした。
その歓声と絶叫に、驚きで固まったままだった私の思考もようやく動き出した。