Over Line~君と出会うために
「……ホントだ。すっげー降ってる。あれ、でも、中止? 延期じゃなくて?」
 今日の撮影は外での予定で、雨天の場合はどうするかなんてことは、貴樹は聞いていなかった。それは栗原が把握していることで、貴樹はそれを聞かされてその通りに動くだけだからだ。
「撮影自体は延期よ。でも、今回の撮影はファンクラブの会報用のだから、スタッフにも無茶言えるから。会報に載せる分は、控え室のオフ・ショットで行こうってことになって。最近、ちゃんとお休みあげられていなかったし、休んでちょうだい」
「うわぁ、本当に? 今日一日休んじゃっていいの!?」
「いいわよー。ここ最近、ずっと、オフなしで頑張っていたし、ご褒美ってことで。ツアーが始まったら、休みたくても休めなくなるんだからね、マネージャー権限でプレゼントよ。ま、これ以降、休めないって覚悟しておいて。キリキリ働いてもらうからね」
 それは、嬉しいような、嬉しくないような。栗原の常にない大盤振る舞いの裏には、何だか侮れないものが潜んでいそうで、実は怖い。
 それは、この業界に入って彼女がマネージャーについてからというもの、ずっと感じていることだ。天宮のことも怖いと言えばそうなのだが、彼の持つ怖さとは少し違う。
 とは言え、久々のオフは嬉しい。仕事が午後から、とか、午前中だけで終わり、とか、そういう変則的なオフはあっても、一日休んでもいいなんて、本当に久しぶりなのだ。たとえ、その後にオフなしの日々が続くのだとわかっていても、ここは喜ぶべきだろう。
 何をしようかな、と、貴樹は電話を切ってから考え込む。
 雨が降っているのなら、外に出かけるというのはあまり現実的なプランではない。見ていない録画アニメはハードディスクの中に山と入っているし、買ったまま未開封で積んであるゲームもそれこそ10本を超えている。読んでいないマンガも、開いてもいない画集も、積んである。消化しなければ、そのうち雪崩を起こしそうだ。
 それでも、こうして不意に降って沸いたような空白の時間に何を思うかなんて、今は決まっていた。
 やりたいことも、やらなければならないことも、たぶん、ある。けれど、何よりも優先させたいことがあることを、知ってしまっていた。
 どうしよう、と考えながら携帯のメモリーをいじって、彩の番号を表示させる。
 メールのやり取りはしていたけれど、電話をするのは初めてだ。いきなり誘って、了承してくれるとは限らない。そもそも、彼女が休みだなんてことは偶然の確率に頼るしかない。彼女は会社員だと言っていたはずで、平日にスケジュールが空いているかどうかなんて、ありえないと理性では考えている。なのに、どうしてだかそうした方がいいような気がして。
「……もしもし?」
 短いコールで、彩が応答した。
「あのっ、とっ、と東城貴樹です!」
 第一声から自分の名前で噛んだ。締まらない始まりだ。だが、そこで後悔したって噛んだ発言が取り消せるわけではない。貴樹は気を取り直し、相手から見えるわけでもないのに携帯を片手に背筋を伸ばす。
「お、おはようございます!」
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