Over Line~君と出会うために
「……ああ、おはようございます。どうかしたんですか?」
「……あの、今日、暇ですか?」
「は?」
「もし暇なら、えっと……一緒に遊びに行きませんか?」
「……どこへ?」
 彩に冷静に突っ込まれて、貴樹はうろたえる。
 一緒にどこかに行きたい、ということまでは考えていたが、どこに行くという具体的な案は何も考えていなかったからだ。
「え、えっと……ゆ、遊園地とか?」
 彩は一瞬沈黙して、電話の向こうで盛大な溜め息を吐き出した。
「いきなり電話してきて、それなんですか?」
「……えっと、じゃあ、彩さんが行きたい場所があるなら、別にどこでもかまいません! 俺、車出しますし!」
 別に、何が何でも遊園地に行きたいわけではない。どこにと問われて、咄嗟に思いついたのが遊園地だっただけだ。彩が行きたい場所があるのなら、そこに付き合うというのは別に悪くない選択だった。
 貴樹が慌ててそう言えば、彩は少し黙り込み、それから、先を続けた。
「ねえ、スイートキューティが好きだって言ってたよね」
「へ? え……ああ、はい、そうです」
 まさか、彩がその話を覚えていたとは思わず、貴樹はうろたえた。
 彩は、そのことに関して何を感じているのだろう。あの時、彼女は貴樹に対して何も言わなかった。貴樹が覚えているのは、彼女の幼馴染がその関係者であると言ったことに、自分が一瞬で舞い上がって我を忘れた恥ずかしい失態だけだ。
 だから、彼女がその名前を出して来た時、貴樹は無意識に緊張した。
 携帯を握る手が汗ばんで、思わず取り落としそうになる。
「この前、言ったと思うけど……私の幼馴染が、その、スイートキューティっていうのを描いているの。それで……その、この前、彼に会う機会があって、その話をしたら、原画展のチケットをくれたんだけど……もし、今日、暇だって言うならそれに行かない?」
「え……」
 ミサカダイスケの原画展の話は、貴樹も知っていた。でも、それは明日からのはずで、今日は招待客しか入れないのではなかったか。
「嫌?」
「え、そ、そんなことない、です!」
 あまりのことに自分の耳を疑っていた貴樹は、急に不安そうに聞き返してきた彩に我に返り、声を張り上げた。
 スケジュール的にも合わないし、行けそうもないと最初から諦めていたイベントだ。それが、こんなタイミングで行くことができるなんて。
「でも、彩さんは仕事……じゃ、ないんですか?」
「……普段はそうだけど、今日は、ちょっと」
 偶然でも何でも、よかった。
 彼女が会うことを了承してくれて、しかも、自分を偽らないままでいることができる。そのことが嬉しくてたまらなかった。
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